半透明な粘液の腕

昨日の深夜、帰りの電車に乗る六本木のホームに続く階段を下りた。
今週は寝ようとしてもほとんど眠れない夜が続いたので倒れそうに疲れていた。
目の前の空気がどちらの方向も、半透明に濁った粘っこい壁になって前に進めなくなった。
両方の二の腕の外から同じように半透明な腕が2本伸び、目の前を這いずり回る。僕は黙ってそれを眺めていた。壁に邪魔されて手は伸びず絡まっている。しばらくの後、2本の腕は僕の左胸に入り、心臓を同じく半透明にして強く握り、胸から引きずり出して壁に向かって差し出した。苦しくて一瞬息が止まり、視界が一瞬暗くなった。粘液が鼻にも口にも入ってきたように思う。
思い切り息を吸い込んで我に返ってみれば、不思議に粘液は消えて歩を進めることができた。左側の半透明の腕も消えた。やって来た地下鉄に乗る時に人を押しのけたのを最後に右側のそれも消えた。
立っているのが辛かったので吊革にぶら下がって下を向いた。電車の外では馬鹿が2人で殴り合いをしている。勝手にすればいい。


腕の正体については考えないことにする。今日は多分それがいい。粘液にたゆたうのは不快ではないけれど、僕にはあまりに欲がありすぎる。欲を叶えるための目的意識と、くたびれた重い身体を切り離したい衝動の間で、金曜の夜楽しい話をする人々の間で、何を考えれば良いのか判らない頭で、ただそこにいる。