mixiに書いていた告知をこちらにも転記しておきます。
この所、同世代の友人が次々とCDを出しているのに刺激されたせいか、久しぶりに歌物を録り始めた。
まるで今まで音源化していなかった曲の棚卸しのようだ。今、自分で歌いたいと言う基準で選んでみるとこんな感じになる。並びは作曲の古い順。
Too Blue
黒い雨
She’s gone
(以上、Crescent名義)
ツチクレ
(ネット公開のみ)
人殺し
自己否定の唄
瓦礫の山
黒い部屋
#5
(以上、暴れ牛名義)
夢
bye-bye blue-bird
(以上、誤葬名義。未発表含む)
最後の夜
シューゲイザー
(以上、未発表)
ほとんどが歪みきった暗い曲の中で、「夢」と「Too Blue」のイノセントさが浮いているので、どれを収録するかはまだ検討中。
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実は一緒にやって頂いていた方々にはまだ了解を取っていません。後ほど正式に連絡したいと思っています。
関係者でこれを読まれた方、セルフカバーと言う形でリアレンジして音源化して構いませんか。何か問題があったり、ご意見があればお伝えください。
多分録音は一年計画になるので、演奏や作業に協力して下さる方も募集します。
勤め人の日常
抑鬱の度合い
経験してみて初めてわかったこと。
日記だの詩だので死にたいとか鬱だとか言える時は寧ろ大したことはない。本当にひどい時には外向きに表現することなどできない。風呂に入る気力もなければ飯を食う気力もなく、自分が鬱だとも気付かず、ただただ時間が盗まれる。深夜になって、また一日何も出来なかった事に自己嫌悪する。
何も出来なかった数ヶ月とここ数日の違いが何なのかはわからないけれど、急に鈍っていた感覚の霧が晴れたように感じる瞬間はある。
活動する意欲が湧く反面、悲しい事も強く感じるようになった。ちょうど13ヶ月前にこの感覚を理解出来ていたら、きっと違った共感を得て、多分少し違った人生になっていただろう。長年先達が必死で格闘してきた凄さに今まで気付かなかった蒙昧さが、僕のこの人生を形作ってしまったんだろう。
迷惑な通行人
半透明な粘液の腕
昨日の深夜、帰りの電車に乗る六本木のホームに続く階段を下りた。
今週は寝ようとしてもほとんど眠れない夜が続いたので倒れそうに疲れていた。
目の前の空気がどちらの方向も、半透明に濁った粘っこい壁になって前に進めなくなった。
両方の二の腕の外から同じように半透明な腕が2本伸び、目の前を這いずり回る。僕は黙ってそれを眺めていた。壁に邪魔されて手は伸びず絡まっている。しばらくの後、2本の腕は僕の左胸に入り、心臓を同じく半透明にして強く握り、胸から引きずり出して壁に向かって差し出した。苦しくて一瞬息が止まり、視界が一瞬暗くなった。粘液が鼻にも口にも入ってきたように思う。
思い切り息を吸い込んで我に返ってみれば、不思議に粘液は消えて歩を進めることができた。左側の半透明の腕も消えた。やって来た地下鉄に乗る時に人を押しのけたのを最後に右側のそれも消えた。
立っているのが辛かったので吊革にぶら下がって下を向いた。電車の外では馬鹿が2人で殴り合いをしている。勝手にすればいい。
残高とレシートと格差
残り香
また来た夏。3ヶ月ぶりに髪を切った。後ろ髪約15cm。ここ数年縮毛矯正をする関係で美容院的なところに行っている。店長に彼女は来ないねと突然言われた。あの子はもう来ないだろうと伝えた。
梅雨はまだ明けず、食中毒になると脅されながらも行った寿司屋で何も言わずガリを2つ出された。空席待ちの紙にも1人と書いたのに、この1年もう何度も行っていたのに、板さんから「あれ?今日は1人なの」と尋ねられた。満員なのに隣の席はなかなか埋まらなかった。
今日は、大倉山を歩いている背後や右手の向こう側に、あの子の姿が皆に見えてしまう日らしい。
小雨の中傘を指さずに歩いた時、マンションの帰り道、ビルの入り口で首が妙に温かかったのは何かそのせいだろうか。何度雨が降り、人が消えた痕跡を何度流しても、人の心には残り香が漂い続けるのか。
回想列車
今日も仕事の帰りがこんな時間になってしまって、朦朧とした目で朝焼けを見る。12年前に一人暮らしを始めた頃を思い出す。現時点で僕が得たのは、若干の体脂肪くらいだ。何事もすべからく中途半端で、深く係わった人の多くから善意を搾取してばかりだった。
今日も改札で君が待っているわけでもないのに、往復2時間かかる家に帰る。電車に揺られるまどろみの中で夢か現かわからない君に久しぶりに会う。毎日声は聞いている気がするのに、形が見えることでほっとするのはなぜだろう。
これが君のところに向かう列車なら、このまま終点まで乗っていくのに。君があまりにも遠いから、僕はただいつも心配だけを繰り返す。だから今度生まれて来る時は、どんな因果律も曲げて同じ時に生まれ、また一億人から君を見つけてみせる。そして出来れば君のもっと近くで、もっと早くから、もっと幸せに、少しだけ器用に、ただ他愛のない毎日を過ごしたい。