夢の風景 (5)

突風にあおられて、僕は手に持ったバスタオルで空を飛ぶ。吹き上げられたその一瞬は気持ちよいけれど、頂点に達してからはひたすら落ちる落ちる落ちる。地面に叩きつけられる寸前で木に引っかかったから助かった。救助に来てくれた人々はなぜか僕のことを不用意だと叱り、殺そうとする。別に自分から飛び上がったわけではないのに。
理不尽な人々から逃げ出すために、僕は時代錯誤の機関車を運転して線路を西に向かう。
線路に横たわる人々を何百本もの爆竹を鳴らして追い払い、それでも動かない人々は車輪に巻き込んで進んでいく。
京都を過ぎ、大阪を過ぎ、西宮を過ぎ、神戸を過ぎ、姫路に向かう頃には車輪は重く、歩くほどの速さでしか進めなくなった。
夜の11時を回っているというのに空には黄緑色をした太陽がギラギラと明るく、左手を緩やかに通り過ぎる球場の脇を変な竹馬にまたがった人々がぴょんぴょんと数十 m も飛び跳ねながら大騒ぎしている。きっと今日は花火が打ちあがる日なのだろう。
今日は風が強い。みんな燃えてしまえ。

夢の風景 (4)

そうするつもりはなかったんだけれど、つい電話をかけてしまった。
間違ってかけてしまわないようにと、携帯のメモリーからもリダイヤルからも消してしまっていたのに。特に必要な話題があったわけでもなかったのに。指が番号を覚えていたように、自然にその番号を押してしまう。
そのくせ、自分から電話したくせに、出てくれるのかもわからないし出てくれても何を言われるかわからないのが怖くて、数回呼び出したあとにすぐ電話を切ってしまう。本当に最低だ。
そして何度目かの電話で、待っていたかのように電話に出られてしまう。その瞬間に電話を投げ捨てて、汗びっしょりで目が醒める。

夢の風景 (3)

僕は彼と気球を作っていた。
今日は20階建てのビルの屋上のヘリポートから、彼が搭乗しての飛行試験だ。
飛び立つ瞬間までは野原で練習してきた今までと同じだった。
今日違ったのは、屋上の端から離れた瞬間、強烈なビル風に巻き込まれて気球が壊れ、彼もろとも落ちていったことだけだった。
パシーンというような、嫌な音がした。
僕は周囲で見ていた人に設計ミスを叱責されてもみくちゃにされた。救急車の音が聞こえたが、付き添っていくことも出来なかった。その後も事故の責任について警察官の取り調べを受けるなどして、長い間拘置所から出ることも出来なかった。彼が生きているのか死んでいるのかも知らないままだった。
長い長い季節の後、僕は偶然そのビルの下を歩いていた。
そこはただの明け方の殺風景な街角で、血痕もなければ何かがあった痕跡もなかった。
一台の車が目の前に停まった。運転しているのは彼の母親で、そして後部座席には彼が乗っていた。髪がまばらに生え始めた頭には縫った跡がツギハギのようにつながり、顔と頭の左半分は、内出血したのか真っ青だった。
窓を開けて彼は言った。「気球が落ちることなんてよくあることだし、あんな場所から飛び立つのにリスクがあることは判ってた。それは別にいいんだ。けど、あの時お前が降りて来なくて、俺を見捨てたのは絶対に許せない」
走り去る車を見送りながら、僕は何を言われても仕方がないと思っていた。理由がどうあれ、当然僕は死ぬまでずっとこの罪を背負って行くのだ。

夢の風景 (2)

彼が動かなくなるまでそう時間はかからなかった。
子供の頃は、いくら力いっぱい殴っても泣きもせずに向かってくる相手のことを何て強いんだろうと思っていたものだ。今の僕は約9割の力で殴ったわけだが、彼はコンクリートの地面に頭をぶつけて脳が飛び散っているし、僕の拳の関節部分は肉がえぐれて骨が飛び出している。
血とホルマリン臭が辺りに膜を張っているようで厭な気分だ。
それでも繰り返し彼の顔、首、腹を力任せに蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。
僕の靴は腸が絡んだ場合に備えられてはいなかったので、足がすべり血溜まりに倒れた。そうやって彼の横で煤けた低い天井を見上げると、僕自身と彼の違いは、ただその肉の固まりが動くか動かないかだけに思えた。

夢の風景 (1)

「今年は忙しかったけど、来年の夏には絶対一緒に海に行こうよ」 と言った。
でも、次の夏まで本当に一緒にいられるのかどうかは誰にもわからない。
いくら仲が良くても、僕は寝ぼけて線路に落ちて電車に轢かれてしまうかもしれない。
どうでもいいことを考えながら家に帰った。
暗い部屋で、近くの街灯から漏れる薄明かりで、僕は君を見つけた。
部屋にはまだ、君の温度が残っていた気がした。
僕は不思議と落ち着いていた。
残念だけれど、少し君が羨ましかった。
まだ春ですらないけれど、明日は休みを取って君と港に行こうと思う。
明日からは僕らが望めばそこが夏の海になる。