座右の銘

ここ数年、「義務を果たすまでは権利を主張する資格はない」を座右の銘として来たけれど、全く以って大仰に自惚れた物だ。
人は自分の義務を果たしきれるわけもなく、ただ周りに赦されて生きている。そうであるにも関わらず自分の権利を主張する自分勝手で愚かな生き物だ。
そして僕は特別な人間ではなくて、心頭滅却出来るわけでもなかった。
透明な存在ではなく、真っ白な存在でありたいと思っていた。何も疑問を持たず周囲の色に染まって穏便に過ごし、しかしながら僕が存在する意義を認めてもらうために。
自分の居場所を確保するために、まず他人の利益を優先する使い勝手の良い人物でいたかった。
でも結局そうすることは出来なかった。相変わらず自分勝手な考えは消えず、そういう自分自身に嫌気が差して一人で苛立っている。漂白が不十分で矛盾している。
出来ないことを標榜しているのはただのナルシストであり、妄想の自分を崇めているだけだ。
詐欺師であり、軽く見積もっても嘘つきだ。
今後はもっと現実的な座右の銘を見つけたい。
そうすることで免罪されるつもりは決してないけれど、せめてこれから同じ過ちを繰り返さないために。

blog 効果

実際に使い始めて変わった事、気づいたこと。
思っていたよりも、この程度の文章を書く時間 (5分単位) ならいつでも取れるということ。
だったらそれで普段からメールの返事とかも書けって話になるけれど。
曜日の感覚が復活した。
週7日、昼夜関係なく在宅で仕事をしていたら全く曜日の感覚がなくなってしまい、最近ゴミ出しの日を間違えたりしていたけれど、左上を見ればいつでもカレンダーがあるので。
書き込み時刻でいつ徹夜したか思い出せる。スケジューリングに役立つかも。

夢の風景 (1)

「今年は忙しかったけど、来年の夏には絶対一緒に海に行こうよ」 と言った。
でも、次の夏まで本当に一緒にいられるのかどうかは誰にもわからない。
いくら仲が良くても、僕は寝ぼけて線路に落ちて電車に轢かれてしまうかもしれない。
どうでもいいことを考えながら家に帰った。
暗い部屋で、近くの街灯から漏れる薄明かりで、僕は君を見つけた。
部屋にはまだ、君の温度が残っていた気がした。
僕は不思議と落ち着いていた。
残念だけれど、少し君が羨ましかった。
まだ春ですらないけれど、明日は休みを取って君と港に行こうと思う。
明日からは僕らが望めばそこが夏の海になる。

プレゼント選択エンジン開発さる

プレゼント選択エンジン「選ぶくん(仮)」
いいなあ。こういう種類の開発に頭を使いたい。
ウェブアプリとしてお目にかかったことのない種類のアイデアだし、実はものすごく生産的な作業だと思う。
とりあえず、たまには自分で自分に贈り物でもしようかと考えたところ、意味深な結果となりました。
自分で自分に自伝って。

ある平日

1時40分、帰宅。コンピュータを起動する。
電話で指示された通りメッセンジャーを起動して、これから打ち合わせに入る。
某「O」なるリレーショナルデータベースマネジメントシステムのインストール指示を、全く技術的な素養がない担当者相手に電話で行うことになる。何も問題が起きず正常にインストールされるということは経験上ありえないため、夜明けとの戦いになるだろうと思う。
8時30分には出勤する予定。
明日の名古屋行きが回避されただけ喜ばないといけないのだろうけれど、その代わり明日はあるサイトの本番環境移行作業を眠らなかった頭で行う必要がある。集中できずにいつかのような大失敗をしそうで怖い。
それでもこれは当たり前の日常なので、馴れるべきなのかもしれない。

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惰性

一度立ち止まってしまうと、次に歩き出さなければならないときに身の回りに壁を発見する。
okatch 氏の It really hurts へのコメントでも書いたけれど、表現することを一度休んでしまうと次に再開するときの閾値が上がってしまい、そのまま殻にこもったままになりがちだ。
登校拒否児童はこんな気持ちだったのかな、と今さら思う。
そう思ったが吉日で始めてはみた。
きっと、身の回りでどんどん blogger が増えていくのを目の当たりにしているのは大きい。
ネタの数や文章に込められるウィットは望むべくもなく、raison d’etre (レゾンデェトル) とか恰好をつけるつもりもないけれど、惰性で生きている毎日に刻み目を入れて、自分の立ち位置を思い出してみるためのツールとしてしばらく使ってみようかと思う。

いつか終わる日々のために

「門松は 冥土の旅の 一里塚」と、のたまったのは一休禅師だったか。
自分探しは終わった。
出来ることは限られている。
今さら寄り道をしている場合じゃないんだ。
判っているはずなのに、なぜ無駄なことを考えるんだろう。
僕が動くことで他人に迷惑をかけたら、どうやって責任をとればいいんだろう、とか。
馬鹿馬鹿しい。
自分の意志と他人の意向を天秤にかけたつもりになっていた。
他人に一度かけた迷惑を、何かと相殺して取り返すことができると思っていた。
初めから関係なかったと思えば、そこに帰ることもできたのだと思う。
でも、たまたま危ういバランスで成り立っているその状態を乱すことで、元々のそれよりさらに悪い状態になることを恐れて、僕は立ち止まることにした。
眠らずに今日をいつまでも続けていれば、少しは立ち止まっていられる気がした。
睡眠不足で呂律が回らなくなったとしても、それはそれで笑ってもらえるかもしれない。
僕は自分の意志で、毎日堂々巡りする生活を始めることにした。
サンプルされたその日のループは一種類だったので、明日が来る意味はなかった。
そもそも、たとえどこかに向かって歩いていたとしても、その先には何かあったんだろうか。
もしかして、ずっと立ち止まっていたらループの終わりが見えるのかもしれない。
また、朝が来る。