去年は年末年始の5日間、ずっとシステム監視のために自宅待機だった上に、元旦から熱を出して寝込んでいて、NHKニュースになるほどの大規模事故の対応もできなかった。看病してくれたみさにまで風邪をうつして散々だった。三日の夜に我慢できずに飲みに出かけて、さらに風邪をこじらせたりもした。
今年は前年度の轍を踏まぬよう、年末年始は当番制になった。30日から正月3日までずっと当番になった。会社を休んで部屋に5日間いても、まだ消灯して眠ることすら出来ないのだから、ただ辛いだけだったろうし、働いていればそれに集中できる。
夢の風景 (12)
叶わなかった願い
ふと一人になった時に、みさの最期の瞬間をみさ視点で見た映像と声がよくフラッシュバックする。何度も何度も同じところがフラッシュバックする。
俯せで眠っている身体から魂がゆっくり抜けて出る。みさのよく使っていた擬音に倣うなら、ふわーり、ふわーりと言うように。身体から離れている自分に気付いても戻れない。「こうじ、たすけて」と言う声は届かず、僕はまだ眠っている。一大事にも気付かず眠っている。みさは多分涙をぼろぼろこぼしながら「こうじ…さよなら…」とつぶやいたように思う。
「こうじの子供を産んで、ずっと幸せに暮らしたかっただよ」と言う声が聞こえる。繰り返し愛してると伝える言葉が何度も聞こえる。叶わなかった願いが渦を巻いている。
時々不思議なことが起きる。トイレに行った覚えもないのに勝手にペーパーが使われて流されずに置かれていたり、取り込んで放り投げていた洗濯物が下半分綺麗に畳まれていたりする。僕がおかしくなってしまっているのかも知れないけれど、そこに残った願いがそうさせているのかと思えたりもした。
付き合い始めの気持ちを持ち続けていられたらこうはならなかった。僕はいつから人を慮る気持ちを忘れていたんだろうか。自業自得だけれど僕の小さな願いも叶わなかった。知り合うきっかけになった、最初の共作曲はレコーディング途中のままだ。
病気がひどくなっても、悲しい事があっても、自殺未遂をしても、結局まだ死にたくなかったからみさは生きていたんだと思う。普通なら死んでしまう量の薬を飲んでも、包丁で自分の首を切っても、何度も手術をしても、どんな救われない状況でも、まだ希望が微かに感じられていたから死にたくなかった。とっくに死んでいても不思議ではなかった身体に、愛する心とやり残した事に対する気力だけで命の炎を燃やし続けていた。
しかし叶わぬ願いはその身を少しずつ灰にする。最後の最後に燃え尽きさせてしまったのは、僕だ。気付くのが本当に遅すぎた。
1755/10479
とても寒い日に生まれ、小さな頃から病弱な身体をだましだまし必死で生き続けて、10479回目の朝日を見ることなく静かに息をするのをやめてしまったみさへ。
僕は「その人の記憶が、生きている人の心の中にある間はその人は生きている。みんなの心の中からその記憶が消え去ってしまったときに初めて、その人はこの世から消えてしまうのだ」という考え方を信じている。だから、みさと僕しか知らなかったかも知れないことや、いつか僕もディテールを忘れてしまうかも知れないこと、遺品の手帳に書かれていたことなんかを書き遺すことで、みさを知る全ての人の心に可能な限りみさの姿を伝えておきたいと思う。もう一度あなたに死なれることがないように。
映画のフィルムが途中で切れてしまったかのように
詳細はここで書くべきではないけれど、僕に近しい人には何度も話したことのある、あの人が僕の目の前で死んでしまった。
重い病気の人を相手にしていたのだから、いつそういうことがあるかも知れないと気づくべきだった。人の命は本当に簡単に、ある瞬間に急に消えてしまうものだと、取り返しがつかない状況に至って初めて思い知った。
本当に情けなく申し訳なく、最後にひどい事しか言えなかったことが悔やまれて仕方がない。全く気持ちの整理も出来ておらず、頭が混乱して今はどうしていいのかもわからないけれど、まずは持ってきていた遺品の整理から始めて、何とか正常に物を考えられるようにしたいと思う。少しずつ、思い出したことを書いていくかも知れない。
