Hallucination (2)

右耳の後ろから左眼に向かって、細い針金が突き刺さっているらしい。僕の左眼の目頭側の黒目と白目の境目にある突起は、きっとその針金が押し出しているのだ。
この針金を抜いてみたら、むち打ちで引きつったままの身体の調子が良くなったりするのだろうか。それとも脳と硝子体が針金に引き出されて、耳の後ろから垂れ流しの状態になるのだろうか。
子供の頃、カマキリを捕まえて内臓から寄生虫を引き出して遊んでいたように、自分の頭に寄生した悪い思想をそうやって引き出すことが出来たらどれほど楽なのか、と思う。

謎機械

合体ロボはその根底から無駄な機械だ。
合体して性能が上がるわけでもなく、寧ろ脆弱性があちこちに生まれるだけだ。
無駄なら無駄で、もっとその存在意義を疑うような機械が欲しい。たとえば匍匐前進する自動車であるとか、ついでに鍬が飛び出して路面を耕しつつグラジオラスの球根を植えていくとか。
しかし、「曲がりくねったホースがいくつも出ていて、その上人間よりも大きなタンクがあって、そこから犬の餌が送り込まれてくる謎機械」に勝てるものはやっぱり無いんだろう。全く以って何に使うのか知らないけれど、インパクトに完敗。
ああ、謎機械を作りたい。

肉の日々

これから夏に向けても、人に誇れる生産的な事実は何も積み上げられなさそうなので、キャリアパスとしてはどんどん真っ当な方向からそれて行く。なぜ行く先々を常に間違えるのだろうか。
今現在、僕は肉の塊としては存在するが、それ以上の何か高尚なものでは決してないと思う。

喜劇ならもっと

つまるところ人生は喜劇でしかあり得ないと言う人がいる。
それは嘘だ。
相反する二つのテーゼに縛られて生まれてくること自体が悲劇そのものだと、僕は思う。
生まれた瞬間に死が確定するのと同じように、至福が訪れた瞬間にそれに応じた規模の破滅の訪れが確定することが悲劇ではなくて他の何であり得るだろうか。
そもそも喜劇で笑いの対象としてしばしば扱われるテーマは、不器用な人間が失敗を重ねる姿だ。滑稽に見える姿も、本人にとっては何も楽しいことなどありはしない。少なくとも僕はそれを自虐的に楽しむ事が出来るほど洗練されたウィットを持ち合わせてはいない。
いくら本当にほしい物とて、仮に手に入ったとて、何も約束されることはない。
一度手の中をすり抜けて行ったものはおそらく戻ることはないのだが、捕まえられなかったそれを追い続け、知らぬ間に人は老いさらばえる。
人生が喜劇であると言うならもう少し短いスパンで明るいイベントを投入してほしい。そろそろこの路線には飽きが来たし、もう疲れた。さもなければ諦めがつくに充分な絶望を与えてくれ。中途半端に、電車に引き摺られて千切れるのを待っているような人間がたまに風に乗ってくる少女の香りでエレクトしているような、そんな荒んだ夢ばかり見せないでくれ。
そこら辺を転がっている情報は多いけれど何も役に立ちはしない。口数が多い僕を演繹して世界に広げて、それを自分で揶揄して何の意味があるのかはわからないけれど。きっと彼ならこういった問いに斬新な答えをくれるのかもしれない。教えてくれ。

あなたの為とは

12年前の春、人の為と書いて偽と読むだろう、と歌っていたバンドがあった。

あなたの為にと思って、このところ僕は自分の意に反することを言い続け、その発言に従って行動して来た。それはとても辛いことで、僕にとってのメリットはなかった。

けれど、その僕の行為は本当にあなたが望んだことだったのだろうか。僕が従ってきたのは、あなたがそう望んでいるであろうと僕自身が妄想していたあなたの像に対してであって、本来のあなた自身に対してではなかったのかも知れない。だとすれば、僕の意に反し、あなたの意にも反するその行為に意味はなかったのではないか。

今となってはもうそれはわからない。僕はあなたに対する信用という名を借りて、言葉を 100% 真に受けていた。それはある意味の思考停止とも言えるだろう。あなたも第二の意味を想像させる言葉は口にしなかった。僕らはまだ少し、遠慮しすぎていたのではないだろうか。少なくとも、僕は自分が望むことをあなたに投げかけてみるべきだった。

悲しいことに、1 月 28 日の夢の前半は、正夢になってしまった。後半をどうするかはこれからの僕らにかかっている。とは言え、僕の方から何かを起こすことは僕自身によって禁じられている。

情けない話だが、前に進むためには妄想家の自分を踏み越えて行くしかないようだ。

幸せの形

あなたと仲良くなって 2 年と 7 ヶ月が経とうとしています。
覚えていますか?
最初は何故かお互い敬語だったことや、今とは呼び方も違ったこと。
価値観や物の考え方があまりにも似ていて笑ったこと。
ちょっと年上の僕に子供扱いされないようにと、精一杯頑張ってくれていたこと。
お互いにとって初めてのことをたくさん積み重ねたこと。
出会って 3 ヶ月で付き合い始めたのにそれから 9 ヶ月も会えなくて、再会の日は結局 1 年ぶりになってしまったこと。
不思議な関係だと思います。恋人同士なのに必要な時は兄妹代わりや一番の相談相手として振舞うこともあって、聞かされるのが辛い内容の相談にもお互いに真剣に乗ったり。連絡を取らなくなることはあってもなぜか揉めることは一度もなくて、すぐに元に戻ることができたり。いずれにせよ、他の誰でも代わりにはならない特別な存在なのは、今もこれからも変わることはないでしょう。
最初から最後まで一度も喧嘩もせず良い思い出しか残っていないので、僕はまだ、いつかまた何かが始まることを期待しています。元々遠距離なので別れた実感がそれほど強くないのも拍車をかけている気がします。相変わらず結構電話はするし、電話している途中であなたが安心して眠ってしまうのも変わらないし。今幸せが必要なあなたと将来幸せが必要な僕がさんざ話し合って納得ずくで決めた形は、世間の常識とは少し違うかも知れないけれど、幸せの形の一つだとは思います。
ただ、そうやって安定する位置を見つけてしまったことで、今後は恋人に戻ることはないのかも知れません。今思うと、最後に一緒に出かけた時にいつもより少しあなたのテンションが高かったのは、恋人でいる間にしか出来ないことでやり残していたことを全部やってしまって、僕が後悔しないようにしてくれたのかなと思えます。つないだ手を離したわけではないけれど、多分次に会う時にはこれまでとは少し違う距離を実感するのでしょう。これまでは二人きりのプロローグを楽しんできたわけですが、これからはお互いに登場人物を連れてきて、和やかな本編へ。

Hallucination (1)

左腕を見ていたら、手首から肘関節の内側に向けてジッパーがついているのを見つけた。開くと、血管や神経、細い筋繊維が並んでいた。右手で一本ずつ引っ張り出して、並び順を変えてみたりしながらぷりぷりした感触を確かめる。
いつの間にかたくさんの管がもつれてしまい、どうやっても元の位置に収まらなくなった。とりあえず気にせず、仕事に戻ることにした。

座右の銘

ここ数年、「義務を果たすまでは権利を主張する資格はない」を座右の銘として来たけれど、全く以って大仰に自惚れた物だ。
人は自分の義務を果たしきれるわけもなく、ただ周りに赦されて生きている。そうであるにも関わらず自分の権利を主張する自分勝手で愚かな生き物だ。
そして僕は特別な人間ではなくて、心頭滅却出来るわけでもなかった。
透明な存在ではなく、真っ白な存在でありたいと思っていた。何も疑問を持たず周囲の色に染まって穏便に過ごし、しかしながら僕が存在する意義を認めてもらうために。
自分の居場所を確保するために、まず他人の利益を優先する使い勝手の良い人物でいたかった。
でも結局そうすることは出来なかった。相変わらず自分勝手な考えは消えず、そういう自分自身に嫌気が差して一人で苛立っている。漂白が不十分で矛盾している。
出来ないことを標榜しているのはただのナルシストであり、妄想の自分を崇めているだけだ。
詐欺師であり、軽く見積もっても嘘つきだ。
今後はもっと現実的な座右の銘を見つけたい。
そうすることで免罪されるつもりは決してないけれど、せめてこれから同じ過ちを繰り返さないために。